これも古典とまではいかないのでしょうが、とても古い作品、文学的作品です。そして、世界文学的な作品です。

 

作者の安倍公房さんは、もちろん日本人ですが、世界文学的な作品を数々描いています。二十数ヶ国語で翻訳され、フランスで最優秀外国文学賞を受賞したりしています。私もどちらかというと、世界文学の非日常的空間が好きだったりします。

日本の文学はなぜかは分かりませんが、あまりSFチックで創造的な非日常的空間が登場しませんよね。そういう舞台の創造を感じるのは、やはりこの安倍公房さんくらいしかいないのではないでしょうか。

 

主人公が昆虫採集に砂漠へ行くと、あり地獄のような穴の中に落っこちてしまいます。すると、砂の中には女が住んでいて、そこでつかまってしまいます。なんとか、外へ出ようともがきますが、そこは砂。どうにも出ることが出来ないのです。

ちょっと聞いただけで、わくわくするような話です。この小説のテーマは表紙にも書いてある通り「自由」だと思います。主人公は砂の中にとらわれ、それまでの自由を奪われてしまいます。中には、一軒家があり、そこには女が一人住んでいます。もちろん、女にも自由はありません。しかし、女はこういいます。

 

「外になんか出たってどうしようもない」

 

女は砂の中での生活に十分満足しています。そんな女に主人公の男もだんだんと影響されていきます。始めは、脱出に必死になっていた彼ですが、やがて余裕を持ち、

「今は出れないが、慌てなくてもいつでも出られるじゃないか」

と高をくくるようになります。

この辺の描写に自由というものをどう捕らえるのか、とても深遠なものがあるように感じます。そして、男が求める自由と女の求める自由。男女間の自由に対する考え方の違いも克明に描かれていると思います。

男は外に出るのを諦めた時、初めて幸せを感じることが出来たのかもしれません。それは即ち、欲望を諦めた時、とも言い換えられるのではないでしょうか。

私たちは、「自由である」、と思われる”外”で、案外、がんじがらめな生活を強いられています。私たちを支配するのは、増幅された欲望に支えられた文明社会です。それは、欲望の成就、それが文明社会の善のルールです。

男は、脱出を諦めることで、このルール、束縛から逃れ、むしろ自由を得たと考えられるのではないでしょうか。それは代償として物質的な自由を失い、代わりに精神的な自由を手に入れたのだと考えることが出来るかもしれません。

 

しかし、この小説は先ほども言ったとおり、心躍るような非日常的舞台を私たちに与えてくれます。まずはSF的なミステリー、サスペンスとしてこの小説をおおいに楽しむことでも十分なんではないでしょうか。難しいことは考えたかったら考えましょう。