帚木蓬生 さんの作品は初めて読んだのですが、結果として、とてもすばらしく、他の作品も読んでみたいと思いました。

なんで、「結果として」なんて書いたかというと、正直、読み始めた頃は、あまり興味を持てなかったのです。それもそのはず。この作品の主人公は、イケメンや美少女や、不倫をする奥さんや愛人を抱える男などではなく、歳も結構いった、しかも、精神病を抱えた、おじさんやおじいさんたちです。

つまり、私たちが、到底普通に興味を持つような魅力的な人物が主人公となってはいないということです。それどころか、彼らは、世間から忌み嫌われるような存在です。私も、山本周五郎賞をとっているので、という理由で読み始めたようなものです。あらすじだけを見て、これを読もうとはなかなか思わないのではないでしょうか?

だから、私は、前半を興味なく読んでしまったので、あまり憶えていません。しかし、後半に進むにつれ、徐々にその彼ら、に共感する様になってきて、最後には彼らと一緒の気持ちを共有し、感動してしまったのです。この体験はなかなか貴重でした。

繰り返しになりますが、閉鎖病棟に入っている精神病患者など、通常私たちにとっては、まったく関係のない、知らない、また畏怖してしまうような存在です。実際、この小説内でも、家族にすら、退院を嫌がられ、嫌われる姿が描かれていますが、それがきっと現実でしょう。

そんな精神病の患者たちの気持ちに寄り添い、共感させてしまうこの作品は、すごいと思います。簡単に言うと、彼らを好きになってしまうんです。この、疑似体験はじつに貴重なすばらしいものだと思います。『黒い家』の回で、エンターテイメントは疑似体験だと書きましたが、気持ちの共感の疑似体験は、興奮の疑似体験よりはるかに貴重な、いいものだという気がします。

 

人の気持ちが分かるというのは、きっとすばらしいことですよね。気持ちが分からないから、怖くなったりして、いじめや喧嘩や戦争が起きたりしますよね。幸せを感じるのは、人に気持ちを共感してもらったときですよね。そんなすばらしさがこの作品には、あると思います。

 

世の中、魅力的な人は得をします。魅力的でない人は、魅力的な人より無視されたり、不当な扱いを受ける機会が多くなったりします。差別だなんだと言ってみても、一定の価値感がそこに存在するのは、否定できません。世間に忌み嫌われるような存在、そんな人たちの気持ちを大事に考える、作者の優しさが溢れている作品だと思います。

 

この作品がどこまでリアルなのか、私には分かりません。映画にもなっているようですが、是非、本を読んでいただきたいですね。映画だと演じるのは、役者ですから、閉鎖病棟患者どころか一般の人よりもだいぶ「魅力的な人」、ということになります。その時点で、どんなに演技がうまくても、この役にはあわないと思うのです。この作品のよさを大きく損なってしまうような気がします。

 

しつこいですが、けっして好感を抱くようなはずのない人々の気持ちに、共感、好感を抱いてしまうということが、この作品の一番の醍醐味だと思います。やっぱ、小説で読むべきですね。