ギリシャがユーロを離脱するかしないか、ぎりぎりの交渉をユーロ側と行っています。
1月25日のギリシャ議会選挙で大勝利を収めたチプラス首相は緊縮財政に苦しむ国民の圧倒的支持を受け、ユーロに対し、強硬な姿勢を見せています。

 

「救済は失敗した」
「われわれは国の主権を譲ることはない」
「ギリシャ国民は緊縮財政を直ちに廃止し、政策を変えることを強く求めた」
「そのため、失敗に終わり破壊的な結果をもたらした救済措置をまず停止する」

 

列強のユーロ各国相手にこんな格好いい台詞を次々に吐く首相はまさに国民のヒーローであり、なるほど、圧倒的な支持をうけるのもうなづけます。

そんな庶民派ヒーローの現実的な運命をものの見事に描き示した名作が日本にはあると思っています。それが夏目漱石の『坊っちゃん』です。

 

「無鉄砲でやたら喧嘩早い坊ちゃんが赤シャツ・狸の一党を相手にくり展げる痛快な物語は何度読んでも胸がすく」

 

これは岩波文庫のあらすじですが、そうまさに「坊っちゃん」は痛快であり、私たち庶民の奥底に潜んだ願望をかなえてくれる存在であり、その姿に我々は憧れ、心を鷲掴みにされてしまいます。だが、しかし・・・岩波文庫のあらすじはこう続くのです。

「が、痛快だとばかりも言っていられない。坊ちゃんは、要するに敗退するのである

 

このあらすじは見事にこの作品を表していると思うのですが、これが名作文学の庶民派ヒーローに対する予言です。名作文学の予言力を舐めてはいけません。で、あるとするならば、チプラス首相が本物の坊ちゃんである限り、敗退するということになります。

そうならないためには、彼の「坊っちゃん」はあくまでも政治家としての見せかけの戦術であり、本当は「したたかな偽物」である必要がある、ということでしょう。さてさて、実際はどうなることやら、見ものですね。

では、もし本当に敗北してしまったらどうなるでしょうか?

「かつてはその人の膝の前に跪いたという記憶が、今度はその人の頭の上に足を載せさせようとするのです。私は未来の侮辱を受けないために、今の尊敬を斥けたいと思うのです。私は今より一層淋しい未来の私を我慢する代わりに、淋しい今の私を我慢したいのです」

「あなたは熱に浮かされているのです。熱が冷めると厭になります。私は今のあなたからそれほどに思われるのを、苦しく感じています。しかしこれから先のあなたに起こるべき変化を予想して見ると、なお苦しくなります。自分が欺かれた返報に、残酷な復讐をするようになるものだから」

-青空文庫『こころ』-

それは同じく夏目漱石の『こころ』の先生のおっしゃる、この名台詞のように、期待を高めすぎた罰を国民から受けることになり、「今より一層淋しい未来の私」になってしまうのでしょう。