イギリスのジョンソン政権が、電撃的にEUと結んだ「合意」は、議会にあっさりと承認され、FTAの暫定適用が確実となりました。

これまで、この結末は確実に「合意なき離脱」になる、などと豪語してきた当ブログは、歴史を言い当てた唯一無二の国際政治ブログになるはずが、たった一週間で、とんだホラ吹きブログに転落してしまいました。

それでもなお、まだ読んで頂けるのならば、「なぜそうなったか?」について、現在の私の考えを書いてみたいと思います。

微妙な合意

この問題に関して、きちんと語れる人はそもそも少ないのですが、その中でも詳しい人の見解をいくつか見た中で、皆の共通認識としてあるのは、「微妙な合意」だということではないでしょうか。

――EUは「ブレグジットに勝者はいない」と当初から強調してきました。「合意なき離脱」という最悪のシナリオは回避されましたが、英国の離脱派が当初見込んでいたような、自国に都合のよい内容ではありません。

 ◆ブレグジットによる経済的損失は確実に英国の方が大きい。各種の試算からもそれは明らかだ。ソフト(穏健な離脱)かハード(強硬な離脱)かと論じられてきた文脈からすれば、今回の結果は明確なハード・ブレグジットだ。

ブレグジット「この関係は永続しない」 慶大・鶴岡准教授が見る英国のゆくえ 毎日新聞

EUは「ブレグジットに勝者はいない」と強調してきましたが、勝者をつくる唯一の物がありました。それが「合意なき離脱」です。英国の離脱派が当初見込んできたというのは、まさにそれになるでしょう。

最も彼らは「強硬離脱派」であって、「合意なき離脱派」ではありませんし、ジョンソン首相も「合意なき離脱を目指している」と公言したことはないはずです。

ジョンソン英政権は、「主権を取り戻す」、つまり経済規制などの自由度を最大限に確保することを、EUとの関係維持による経済的利益よりも優先した。

しかし、彼らの最大の目的が「主権を取り戻す」ことである限り、彼らの目論見が「合意なき離脱」にあったことは明白です。

離婚にウィンウィンはあり得ない

そして、今回の「合意」に関して、最も奇妙なことの一つは、イギリス、EU双方が勝利宣言を掲げていることでしょう。

ただし、EUは今回の合意を「よい合意」だと言い、英国側も勝利を宣言している。互いに譲歩したわけだが、ともに満足しているのはよいことだ。

「いいことだ」って言われても、これはあり得ないですよね。人は誰しも、「別れ」を経験していると思いますが、「別れ」がウィンウィンの関係になることがあり得ないことは、全員が知っていることとなるでしょう。

つまり、この「勝利宣言」は少なくともどちらかが、嘘なのです。

敗北はイギリス

より多くの「嘘」をついているのは、イギリスの方ではないでしょうか。EUが嘘をつくには限界があります。彼らは、27ヵ国の集合体なのですから。それにイギリスは歴史上、嘘つきでありましたし、ジョンソンも酷い。そもそも、彼らが嘘をつかないと考える方が難しいのです。

「合意なき離脱」という最悪のシナリオは回避されたが、「合意すれば1月1日以降に混乱は生じない」という誤解が特に英国側で広がっているとすれば非常に危険だ。FTAは関税なし、数量制限なしの条件とはいえ、英EU間では1月から通関等の手続きが発生する。企業は手続きへの対応を迫られ、物流にある程度の障害が生じるのは明白だ。

それに、今回の微妙なハードブレグジットによって、「主権は大して取り戻せないのに混乱が生じる」という、とても勝者にあるまじき状況に置かれることになります。

EU離脱が英国経済に及ぼす影響については、国民投票の段階から、様々な機関による試算が行われてきた。メイ前首相の合意がまとまった18年11月には英国政府とイングランド銀行(BOE)が報告書をまとめている。多くの試算に共通するのは、どのような形にせよ離脱は英国経済にとってマイナスだが、「合意なき離脱」の悪影響は最も大きいという点だ。「合意なき離脱」こそ「成功へのレシピ」とする離脱派のエコノミストの試算結果は例外的だ。

ニッセイ基礎研究所

なぜ、強硬離脱派が、「合意なき離脱が最高」だと言うのか、それはEU離脱の本質が、経済ではなく軍事にあるからです。

ですから、この問題は、「合意なき離脱」ではなく、中途半端が最悪なのです。真ん中を選ぶくらいならば、離脱しない方がましです。それは人間関係と同じで、終わった男女が曖昧な態度で続けることと似ています。

それはお金儲けが目的ではなく、生存戦略だからです。

そうなると、なぜジョンソンは、「合意ある離脱」という最悪をわざわざ選んだのか、という強い疑問が浮かびます。今回の採決でも分かる通り、EUの離脱選挙以来の4年間で、保守党はほぼジョンソンの独裁政権と化しています。2,000ページに及ぶ協定案は、公表されてから、たったの数日で可決されました。

「こんな短い時間じゃ中身がチェックできない」

という声すら上がりません。EU側の承認はあくまで暫定処置で、来年2月末までかけて、法案を議会がチェックするようです。

イギリスはつまり、ジョンソンのやりたい放題なのです。ですから、彼は「合意なき離脱」をやれたはずですし、そのために彼らは、4年の歳月をかけてきたはずでした。

なぜ、彼らはそれを突然やめたのでしょうか?

私はその答えが出ずに数日悩んだのですが、ついさっき、はっとなったのです。

――米国ではトランプ大統領の再選が阻止され、英EUの交渉も決裂が回避されました。「タガが外れた社会」には揺り戻しが生じるのでしょうか。

新恋人候補はドナルド・トランプさん

私がついさっき、気づいたこととは、これでした。

「合意なき離脱」は「トランプ政権」と完全なワンセットだと言ことです。

英米通商条約: 「圧倒的に世界一の大国と直接交渉できるようになるのが、ブレグジットの利点のひとつだ」

トランプ米大統領、「合意なしブレグジットも視野に」 ファラージ氏を支持 BBC JAPAN

アメリカに「バイデン政権」が誕生した場合、「合意なき離脱」は、イギリスの完璧な孤立を招き、それは明白な自滅行為となります。

EU離脱の本質を簡単に言えば、「EUに別れを告げ、(トランプ政権の)アメリカを新恋人とする」ということです。

トランプが負ければ、新しい彼彼女と付き合うために別れたのに、それがいなくなったばかりか、フッタ相手から仲間とともに、復讐される状況を招くことになります。

つまり「合意なき離脱」は、米国がトランプ政権であることが絶対条件なのです。この前提条件に狂いが生じたことが、今回の「すっきりしない結果」の最大の理由ではないでしょうか。

米大統領選は、現時点でどちらが勝つか、まだ確定していません。一般的には、バイデンの勝ちで確定しているかのようですが、深く見れば、まだそうとは言い切れないことを、多くの人が知っているでしょう。

しかし、同時にトランプが勝つとも言い切れません。

これらの状況を鑑み、どちらに転んでも対応できるように、ジョンソンはいったん最悪の「中庸ブレグジット」を選んだのではないでしょうか。今回の「合意ある離脱」は、「プットオプション」つまり「保険」というわけです。

BBCのローラ・クンスバーグ政治編集長によるインタビューでジョンソン首相は、EUとのFTAによってイギリスは「独自の道を行きながらも(EUと)の自由貿易が維持できる」と述べた。

英議会、EUとの貿易協定を承認 31日深夜に完全離脱 BBC JAPAN

しかしもし、トランプが勝てば、「プットオプション」の権利は行使されず、ジョンソンは再び強硬姿勢を取り戻し、今回の協定案の「反故」を言い始める可能性は、十分にあると私は思います。

だが、行きつ戻りつしてきたこれまでの経緯を思えば、「あとから対立が蒸し返されるのではないか」との疑問を持たないほうが難しいだろう

2021年、イギリスとEUで何が起こるのか。通商合意でも不安ばかり募る「5つの論点」 Bussinese INSIDER

彼には、昨年の「協定案」を撤回する国際法違反未遂の前科もあります。

欧州委員会は、同法案の提出を知るとすぐに反応し、英国政府に対して「離脱合意の条件に反する国際法に違反し、EUと英国間の離脱交渉を脅かす」と強く非難する声明を発表した。そして、法的措置も辞さない構えを示した。

英国ジョンソン首相の暴挙…EUが激怒した国内市場法案の中身 幻冬舎Gold online

ですから、ジョンソンが今回の「合意」を守るとは、限らないのです。そして彼に限らず、イギリスとはそういう国なのです。

ジョンソン政権は主権を取り戻した象徴として、従来のEU規則からの逸脱を試みるかもしれない。

ブレグジット「この関係は永続しない」 慶大・鶴岡准教授が見る英国のゆくえ 毎日新聞

合意がギリギリのタイミングになったことも、今回の最大の謎の一つです。「反故」にするための、理由を予め用意した様にも見えます。

2000ページを超えると言われる法律文書の詳細が吟味され、いま見えていない問題が浮上してくるのは年明けのことになるだろう。

2021年、イギリスとEUで何が起こるのか。通商合意でも不安ばかり募る「5つの論点」 Bussinese INSIDER

もしかすると、私の一発逆転のチャンスもまだある、ということかもしれません。しかし、「もう、お前の言うことは信用できん!」と言われても、今のところは反論することは出来ません。

ただ、この問題はまだ終わりではない可能性の方が、依然として高いと私は思います。