先日のフランス大統領選は、中道のマクロンさんの勝利によって、世界中の投資家が安堵したような状況となりました。というのも、対向のルペンさんは極右と言われ、反EU。  彼女が当選すればEU離脱の国民投票を行うと公言していました。

マクロンさんは親EUですから、現状が維持されるだろうということで、株式市場は再びリスクオンに回帰してきています。

当ブログでは、予てからこの選挙は国際政治上の大きなターニングポイントになる、と書いてきました。そして、どうもこの選挙はきな臭いので要注意だとも。実際、ロシアが直前にマクロン陣営に対してサイバー攻撃を仕掛けたなどの不穏なニュースが流れました。しかし、終わってみればそんな心配はまったくの杞憂で、マクロンの圧勝だったわけです。

これで欧州は一安心。その代わりにといってはなんですが、目立ってきたのは、米国、いやトランプ政権、いやホワイトハウスの弱体化、孤立化です。実はこのルペンの大敗とここには密接な繋がりがあると考えられるのをご存知でしたでしょうか。

 

トランプ政権の従来の戦略をおさらい

トランプ政権が発足前?から掲げてきた大戦略は以下であると、当ブログではお伝えしてきました。

  1. ロシアに近付く
  2. 世界的に保護主義を台頭させる
  3. 中国に勝つ

トランプ政権の発足から5カ月ほどたった今、この成果をを順々に追って見ていきましょう。

 

ます、1はどうでしょう。トランプさんは選挙前から「プーチンを尊敬している」などと度々発言し、ロシア寄りの姿勢を鮮明にしていました。これを受けて一部のメディアなどでは、「トランプはプーチンに弱みを握られている」「トランプはロシアのスパイだ」などという伝えられ方がされていましたが、これは明らかな戦略であるとお伝えしてきました。

で、今はその戦略がうまくいっているのかというと、全然なのは、昨今のニュースで伝えられている通りでしょう。ロシアとの不適切な接触を疑われ、トランプさんは、にっちもさっちも行かなくなっています。

ここからロシアとの関係を修復するのは非常に困難でしょう。つまりは、1の作戦は失敗に終わったということです。

次に、2です。トランプさんの選挙中からの口癖は「アメリカ・ファースト」ですね。徹底した保護貿易主義を公約に掲げていました。具体的には国境税を導入して、アメリカ製造業の復活を成し遂げると。逆に言うと、保護貿易の反対の自由貿易に一定の制限をかけるということです。さて、この現状はどうでしょう。

G7:米財務長官と「自由貿易」論議で歩調合わず、各国対応に苦慮

 ~ ブルームバーグ ~

この記事を見る限り、アメリカは完全に孤立していますね。日本の黒田総裁にすら、反対意見を表明されてしまっています。

では、ここで仮定の話をしますが、もし先のフランス大統領選でルペンさんが勝っていた場合はどうだったでしょう。これとは全然ものになっていた、もしくはなっていくだろうことは容易に想像ができますね。G7は、フランス、アメリカ、イギリス、ドイツ、日本、イタリア、カナダの7か国で開催されますが、このうちドイツとカナダ以外はアメリカ側、強弱の差こそあれ保護主義側になることが予想されます(イタリアはフランス以上に極右の支持が高いと言われ、日本はアメリカの意向次第でどちらにもなるでしょう)。

むしろ、自由貿易危うしになっていった可能性が高い。ここから、米国の戦略上は、ルペンを勝たせなければならなかった、ということが言えると思います。実際にトランプさんは、「ルペンがいい」というようなことを言って、他国の候補の一方に肩入れすることは異例だと周囲を驚かせていました。

アメリカのCIAが、ロシアみたいに選挙介入をしようとしていたかどうかは知りませんが、トランプさんがルペンさんを勝たせようと躍起になっていた様は、それまでに見て取れたわけです。例えば、米国内でも強烈な反対世論を巻き起こした、移民規制。こちらは、一部の調査で実は欧州での支持が高かったのです。

コラム:米国よりも深い欧州「反イスラム」の闇

~ ロイター ~

しかし、移民規制の大統領令はあえなく却下され、むしろ混乱だけを引き起こしました。これを受けて、欧州右派政党の支持率は高まるどころか下落に転じてしまいました。つまり、トランプさんは、欧州での保護主義、ナショナリズムブームに火をつけることに失敗したのです。

ドイツはメルケル4選で決まり?極右政党支持率は後退

~ ニューズウィーク 日本版 ~

当ブログでは、2015年の夏以降、メルケルの支持率が急落した様を、「メルケルを追い込む風がある」、と表現してきました。その正体が何なのか、別記事に一応推理を書いておりますが、その信ぴょう性はともかくとして、この記事の通り、その代わりに保護主義、ナショナリズムが台頭してきていることは間違いありません。

米国、トランプ政権の性質、目指す方向から考えれば、保護主義ブームを自身の行動で煽り、ルペンを勝たせ、EUのボスであるメルケルをぶっ倒すという目論見が、彼らにあってもまったくおかしくはないのです。当ブログはメルケルを倒すことはアメリカの大きな戦略の一つだとみていました。。

事実、トランプさんとメルケルさんは犬猿の仲で、公の場でも、ぎくしゃくしたやり取りを披露していましたね。

しかし、ルペンさんは大敗しました。米国が欧州を中心に大流行させようとしたと考えられる保護主義トレンドは、トランプ政権の誕生により、むしろ天井を打ってしまったのです。そのタイミングでEU、自由貿易主義のの象徴的な存在であるメルケル首相が復活してきているのは、非常に理解しやすいと言えるでしょう。メルケルの支持率は逆に底を打ったのです。

 

なぜ、うまくいかなかったのか

さて、ここまで見てきましたが、アメリカの戦略は、はっきり言って何一つうまくいっていません。これはいったいなぜなんでしょうか。確かに机上の理論の通りに進まないというのは、想定されることだと思うのですが、しかしここまで何もかもとは・・。

もしその理由を一つ上げるとすれば、トランプさんの人間性そのものにあるという気がします。例えば、ブームやトレンドを作るというのに、必須の要素はなんでしょうか。それはその人が人気者であるということです。トランプさんには、トレンドを作るだけのカリスマ性や品格というものが欠如しているように私は思いますが、本人の発言を聞いていると、どうやら自分は人気者だと捉えられているようです。

例えば、「ドルが強いのは自分が信頼されているからだ」とか。

過去の歴史を見てみると、成果を上げた政治家はやはりそれなりのカリスマ性を備えていて、人気者だったことが伺えます。また、逆に極端に悪い場合では、ヒトラーも類いまれな人気者だったのです。

歴史が動かすのは、人気者のなせる業だということなのでしょう。その点で、こういった戦略をトランプさんに遂行させようというのは、初めから無理があったと言えるのではないでしょうか。

 

最後に3は・・

さて、最後にでは、なぜ米国は今となっては、無謀とも思えるこのような戦略を立てていた(いる?)のでしょうか。それは3に集約されます。そうです。中国と戦うためです。

トランプ政権のブレーンと言われるピーター・ナヴァロ国家通商会議委員長は、その著作の中で、こう語っています。

急速に台頭する中国によって引き起こされた深刻な安全保障上の脅威に平和的に対抗するには、第一に、経済的・軍事的その他の対抗策について政治的な合意が出来ていなければならない。だが、自由で開かれた民主主義国家においてこうした政治的な合意に到達するのは至難の業だと思われる。経済的利害は対中貿易との関わり方によって異なるし、利益団体は大儀のために団結するより対立し合う道を選びがちである。

~ ピーター・ナヴァロ著 『米中もし戦わば』 ~

今のトランプ政権の現状を見事に予言してますね。ホワイトハウスが孤立し、身内からすら攻撃されるのも必然だということでしょうか。そして、こう続きます。

現実から目をそらすというこうした状態がこのまま続けば、物語の結末はわれわれ全員にとって苦しいものになるだろう。もちろん、今ならまだ間に合う。戦争より遥かにましな、遥かに平和的な方法で問題を解決する道はある

先程、悪く書いてしまいましたが、トランプさんは、戦争より遥かにましな、遥かに平和的な方法で問題を解決しようと、一人で戦い続けていたということですね。しかし、残念ながら物語の結末はわれわれ全員にとって苦しいものに近付いているように見えます。

事実、初期戦略が頓挫、支持率が危険水準に達して、追い込まれたトランプさんは突然シリアにミサイルを発射し、軍事行動を推進しはじめました。

果たして、これからどのような展開がわれわれを待っているのか。現実から目をそらさずにしっかりと見ておくべきというのが、せめて私たちに出来ることではないでしょうか。