「平等な社会」に生きたいという願いを持ったことはありますか? あるとすれば、あなたは「危険思想の持ち主だ」ということになります。米ソ冷戦の結果、「平等な社会を望むこと」は、悪魔の思想になりました。

それは世界を滅ぼしかねない思想だと。

では、その結果、正義のシステムとしての地位を確立した「資本主義」のその後はどうでしょうか。

ヤーキーズ国立霊長類研究センターのリヴィング・リンクス・センター所長でユトレヒト大学特別教授のフランス・ドゥ・ヴァール氏の言葉を借りるならばこうです。

今時、強欲は流行らない。世は共感の時代を迎えたのだ。

『共感の時代へ』 フランス・ドゥ・ヴァール

つまり資本主義はオワコンだ。

「利己的な遺伝子」は死んだ

幸い、私たちはもう、「利己的な遺伝子」についてはあまり耳にしなくなった。行動は例外なく利己的であると言う考え方は、新たなデータの山に埋もれ、不名誉な死を遂げた。

『ママ、最後の抱擁 わたしたちに動物の情動が分かるのか』 フランス・ドゥ・ヴァール

世界的な進化生物学者であるリチャード・ドーキンスの代表的な著作である『利己的な遺伝子』、その中のこの一文はあまりにも有名です。

われわれは遺伝子という名の利己的な存在を生き残らせるべく盲目的にプログラムされたロボットなのだ

大学で生物学を学ぼうとすれば、必ずお目にかかることになるでしょう。しかし、フランス・ドゥ・ヴァール氏は、その考えは既に「死んだ」と言います。とは言え、彼は『利己的な遺伝子』の全てを否定している訳ではないでしょう。

「私たちの遺伝子の中身や、ニューロンの性質や、進化生物学の教訓から、自然は競争と利害の対立に満ちていることがはっきりした」。保守派はこう言う考えが大好きだ。

彼らの見解には実体がないというわけではないが、社会を組み立てる理論的根拠を探し求めるものは誰もが、これが真理の半面でしかないことに気が付かなくてはいけない。

『共感の時代へ』 フランス・ドゥ・ヴァール

彼は、それが全てだと言う考えが死んだと言っているのです。

資本家たちは強欲以外を抹殺した

食うか食られるかの場所という、社会生物学が描く自然界では、つまるところ、あらゆる行動は利己的な遺伝子にもとをたどれ、利己的な傾向は、きまって「最強の法則」に帰せられた。本物の思いやりなど論外だった。

『ママ、最後の抱擁 わたしたちに動物の情動が分かるのか』 フランス・ドゥ・ヴァール

各々が「最強であれ」これが資本主義思想の根幹と言えるでしょう。資本主義の創設者である資本家たちは、その繁栄のため強いては自分たちの栄華のため、それを世界中に徹底的にプロパガンダしました。

彼らはそれ以外、例えば他者への思いやりを社会システムの中に組み込むことを悪としたのです。

「利他主義を引っ掻けば、偽善者が血を流すのが見られる」という、この時代の悪名高い決め台詞は、嬉々として何度となく繰り返され、利他主義などでっち上げに違いないと言われた。

つまり「利己的な遺伝子」は、彼らにとって非常に都合がよかったのです。これがドーキンスの「過大評価」の理由でしょう。ドゥ・ヴァールも彼と並び称される生物学者のはずなのに、私はつい最近まで彼の存在を知らなかった。これは私の不勉強だけが理由ではないでしょう。

彼は、資本主義と『利己的な遺伝子』の過ちを同時に教えてくれます。それは私たちにとって絶対的なものではなく、真理の半面でしかなかったのです。

私たちは合理的なだけのロボットではなく、合理的であり非合理的であるという矛盾した人間だったのです。矛盾を内包した時「あなた」という意思が必要になると私は考えました。

本当の「しあわせ」とは

強欲の資本家たちは、「幸福」という偽りの価値観を私たちに与えました。その意味は、「人よりいい生活をすること」です。しかし、これは本来の私たちが求めている「しあわせ」とは、かけ離れているのです。

人間社会が不平等なほど、その社会に暮らす人が短命であることを、疫学のデータが示している。所得格差が大きいと、相互の信頼が損なわれ、社会の緊張が高まり、不安が生まれて豊かな人も、貧しい人も免疫系が弱まり、社会的な結びつきがずたずたになる。

『ママ、最後の抱擁 わたしたちに動物の情動が分かるのか』 フランス・ドゥ・ヴァール

「しあわせ」の本来の言葉の意味は、人のめぐり合わせのことなのだそうです。

対して現代の「幸せ」とは、誰かの不幸の上に成り立つという単なるゼロサムゲームなのです。

世界の潮流は既に

さて、私今なぜこんな記事を書いているのでしょうか。それは今回書いているような価値観の揺り戻しが、世界の政治シーンで実際に起きているからです。日本だけを見ていては分かりませんが、世界を見渡せば資本主義の行き過ぎを正す動きは、確実に広がっています。

それは米国では、「民主社会主義」と呼ばれています。

 サンダース候補は自身を民主社会主義と呼んでいます。サンダース支持の若者は社会主義を肯定的に捉えていますが、選対の中では同主義に敏感になっていました。米国社会では、大抵の有権者は社会主義を受容しないからでしょう。

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「前編」で書きましたが、米ソ冷戦時代の「社会主義・共産主義」は、偽物です。資本家らはそれを大々的に失敗させることで、思想の統制を試みた可能性が高いと考えられます。

現在の米国のそれは全く別物です。

論考の概要は、簡単に言えば、「社会システムを再検討し、弱者にも公正な国家を目指すべき」というこれまでの主張通りだ。

2020年、そして4年前の2016年選挙でも同じことをずっと訴え続けてきた。

「アメリカは、世界の歴史の中で最も豊かな国だ。しかし、富は極めて不平等だ。4000万人が貧困にあえぎ、保険に加入していないか、保険が十分でない人は8700万人。ホームレスも50万人」

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彼の主張は、人間を真正面からとらえた場合、実に妥当です。

嫉妬を避ける唯一の方法は、パンバニーシャが選んだもの、すなわち自分の富を分け与えることだ。これは小規模な人間社会ではありふれている。狩猟採集民は極端な分配精神を持っており、狩猟の名手が腕前を自慢することさえ許さない。

『ママ、最後の抱擁 わたしたちに動物の情動が分かるのか』 フランス・ドゥ・ヴァール

少々メルヘンチックすぎやしないかって? いや、違う、違う。

人間と類人猿は、すべてを独り占めすると悪感情を生み出すことを承知している。だから、二次の公平さは、純粋に功利主義的な観点から説明できる。私たちが公平なのは、お互いを愛しているからでもなく、うまく協力し続ける必要があるからだ。それが、全員をチームの中に留めておくための、私たちのやり方なのだ。

そのやり方が最も合理的なのです。

果たしてうまく行くのか

そして最後に、サンダースの主張する、米国の若者たちの求める「平等な社会」を構築すればうまく行くの?ってことなんですが・・

知りませんよ、そんなの。私に分かるわけないでしょう。

もちろん、彼らも分かっていないでしょう。しかし、もう走り出しています。いまさら嫌だと言っても、もう遅い。決して、止まることはないでしょう。

「私がしたいのは政治的革命だ」

「権威主義が世界を席巻している」

「億万長者が牛耳る世界にうんざりしていないか」

「私たちが経験している恐ろしいパンデミックと経済崩壊に明るい兆しがあるとすれば、今、アメリカの根底にある基本的な考えを見直し始めているということだ」

バーニー・サンダース

なぜなら、私たちは億万長者が牛耳る「利己的な強欲社会」には、もううんざりだからです。新時代が芽吹くには、それだけで十分です。

いいか悪いかなど考えても無駄でしょう。私たちは、そこまで賢くないのですから。