当ブログの世界史分析は、佳境に入ってきたと思います。そして、こうも考えています。そろそろ、終わりに近づいているかもしれないと。

しかし、まだ少しだけ先があります。今回も非常に重大なテーマです。

世界史とは?

世界史とは一体何か?について、久々に彼に登場していただき語っていただきたいと思います。

今の欧米社会では、政治的エリートたちというものは、大企業と組んで、金持ちをさらに金持ちにする連中で、ろくでもない経済政策と移民政策を行っている。そして、そういうやつらは、こんな現状を変えようとする政治家に対し、この失礼極まりない「ポピュリスト」というレッテルを貼る。

私はこう言い返してやろう。「我々は民主主義者だ」。自分たちの人生や国を、自分たちの手に取り戻し、既存の政治家が我々に対して無礼であればあるほど、我々が完全勝利を手にする日は近い。

ナイジェル・ファラージ氏インタビュー 「サンデー・モーニング」

「政治エリート」と「改革派」の戦い、これこそが私たちの歴史そのものものだった、と言えるのです。記憶に新しいところでは、2015年以降に「政治エリート」を糾弾する政治勢力が台頭し、2020年のコロナ禍以降に急拡大、SNSでは「貴族の陰謀論」がコンセンサス化、大手メディアは「正論」で時の政権を追い詰めています。

私たちは極めて特異な時代に生きている、初めはそう思われましたが、一度歴史に目を向けてみると、それは人類史上何度も繰り返されてきたことだったのです。

このときには、領主が荒くれ者を雇って攻撃してくる、という「貴族の陰謀」が噂として流れ、パニックとなった農民たちは、「やられるまえに、やろう」と先回りの行動を起こしたのであった。ルフェーヴルは農民によるこうした行動を、「恐怖からの前方への逃走」と表現している。

(中略)

改革派は、ある意味では逆に騒乱状態を利用し、それを抑えるにはこれしかないとして、通常であれば難航したであろう封建的特権の廃止を抜き打ち的に議決することに成功した。

『興亡の世界史』 近代ヨーロッパの覇権

それが「改革派」の目的達成のために手段であることに疑いの余地はありません。

「改革派」の目的

その「改革派」の目的とはいったい何でしょうか? それもここ最近書いて来たことで間違いはないはずです。

名誉支配制(ティーモクラティアー)とは、まさに「哲人王」による「王制」もしくは「優秀者支配制」を意味している。それは豊かな理知と同時に「徳」を備えた人々を「守護者(ピュラクス)」 とする国制である。彼らは「けっして自分のための利益を考えることも命じることもなく、支配される側のもの、自分の仕事がはたらきかける対象であるものの利益になる事柄をこそ、考察し命令する」存在となる。そのような支配者たちのなかに、一人だけ傑出した人物が現れる場合には「王 制(モナルケス)」と呼ばれ、すぐれた支配者が複数である場合には「優秀者支配 (アリストクラティコ」と呼ばれる。

『貴族とは何か―ノブレス・オブリージュの光と影―』 新潮社 

自分のリーダーにどんな人を選びますか? と聞かれたら恐らく、その答えは「多くの人に慕われている人」になりますよね。人類は、元来自然的にそのような政治体制だったのです。

そのような政治体制を破壊することが「革命派」の目的であり、世界史の目的だったとすら言えるでしょう。特に近現代史ではフランス革命が、「革命派」の勝利の旗印となりました。

ヨーロッパ全土に散らばっていながらも、彼ら貴族には共通の理念や理想が見られ、こうした貴族ネットワークが一八世紀までのヨーロッパを支えていた。しかしそれもフランス革命や一八四八年の諸革命により衰退し、一九世紀後半にはヨーロッパ大陸の貴族たちはたそがれ時を迎えるようになっていた。

フランス革命以降「本物」が没落に向かい、代わりに「偽物」が幅を利かせるようになったのです。

革命によって一時は姿を消した 「貴族」が再び登場してきたが、その大半は成り上がり者だった。

現代で言えば、芸能人などはニセ貴族の典型ではないですかね? そして、本物の貴族に留めを刺したのは、やはり世界大戦でした。

長女ナンシーは二度の世界大戦を経験したが、彼女に代表されるイギリス貴族の世界は、この二度目の世界大戦によってとどめを刺されたかのような状況に陥るのであった。第二次世界大戦 (一九三九~四五年)が勃発するや、先の大戦時と同様に、貴族とその子弟らは再び戦場へ向かった。

(中略)

六年に及ぶ戦争で、この他にも多くの貴族やその子弟らが命を落としている。しかも戦前から高率になっていた、一〇〇万ポンド以上の価値を有する土地財産への相続税は、一九四〇年には六五%、そして大戦後の一九四八年にはついに七五%へと跳ね上がっていった。ナ ポレオン戦争の英雄ウェリントン公爵の末裔も、土地や所得に対する課税や各種の間接税のおかげ で実収入の一〇分の一しか手に入れられず困窮する有様となった。第二次大戦後にはイギリスは社会福祉政策を第一に掲げたものの、高額所得者はその犠牲とされたのであった。

彼らは実際に殺され、財産を没収されたのです。さあ、もう分かりましたね。世界大戦がなんのためにあり、そして、これから起こされようとしているのかが。

「グレート・リセット」

それは確かにそうかもしれませんが、その相手は私たちじゃないんですよ。

日本の歴史

日本史に関しても、それそのものだったことは、簡単に見て取れます。

いずれにせよ、六朝時代に盛期を誇った中国の貴族政治は、唐末から五代十国までの過渡期には 衰退し、君主独裁政治が確立されていく。かつては皇帝を諌めることさえできたような貴族たちは 姿を消し、皇帝の専制的な支配下で、役人たちが手となり足となって統治にあたる中央集権的な官僚政治がこれ以後の中国政治の特色となって のである。

これは中国の話ですが、日本においても同じような戦略が採用されています。

この改革によって豪族を中心とした政治から天皇中心の政治へと移り変わったとされている。この改革により、「日本」という国号及び「天皇」という称号が正式なものになったとする説もある。

「大化の改新」 ウィキペディア

古代の日本においても、豪族、つまりは貴族政治が敷かれていたわけですが、その権力を吸い上げ、天皇への一極集中、天皇専制政治にすることが「改革派」の目論見だったのです。

つまりは、天皇を皇帝にしたかったのでしょうね。

歴史学者の倉本一宏氏は、中大兄皇子が派兵に踏み切った時期は百済の遺臣たちが唐の進駐軍に対し各地で勝利を収めており、今から見れば無謀に思えても、当時の情勢としては勝つ可能性もあったと述べる(『戦争の日本古代史』)。そのうえで、派兵に別の目的があった可能性を指摘する。

 その目的とは、戦争に負けても構わないから、それを国内政治に利用することである。

中大兄は645年の乙巳の変で蘇我氏本家を滅ぼし、大化改新と呼ばれる一連の政治改革で、天皇を中心とする中央集権国家の建設に着手している。戦争に負ければ、唐や新羅が倭国に攻めてくるとの危機感を煽り、国防を固めるため国内の権力を天皇に集中せよと主張しやすくなる。

倉本氏はさらに一歩進め、派兵の真の目的について大胆な説を提示する。

 中央集権国家の建設を目指す中大兄にとって、一番の障碍になっていたのは、伝統的な権益を守るため、中央政府の命に容易に服そうとしない豪族だった。そうであれば、邪魔な豪族を戦争に送り込み、死なせてしまえばいい。突拍子もない考えに思えるかもしれないが、こういう考えは中国では「裁兵」といい、古来からあった。征服した国の将兵は反乱を起こしかねないので、負けてもいい戦いに投入して始末するのだ。

 事実、白村江の戦いから9年後に起こった内乱、壬申の乱では、白村江の戦いに参加した豪族の名はほとんど見られないという。

白村江の戦いの“信じがたい真実”…なぜ倭国軍全滅の戦争を起こしたのか? BUSINESS JOURNAL

フフフ。。読者の方も気づかれたかもしれませんが、倉本氏の説が正しいのなら、白村江の戦いと世界大戦のやり方は同じ、ということになりますね。

一見、中大兄皇子とはなんと悪いやつなんだ! となりそうですが、そこにもう一つの重大な今日のテーマが隠れています。

先程、天皇を皇帝にしたかったはずだ、と書きましたが、大化の改新の目的はそれで、もうお気づきと思いますが、明治維新もまさにそれなんです。

だけども、結局、天皇は最後まで皇帝にならなかったですね。これはなんで?でしょうか。

戦争の規模も時代も異なるゆえ、単純に比較はできないが、それでも第三章で紹介した第一次世界大戦でのイギリス貴族の子弟の戦死者数に比べると、格段に少ない。国のために命を捨てること の是非はさておき、当時の価値観に照らせば「ノブレス・オブリージュ」を果たしていたとは到底言えまい。

『貴族とは何か―ノブレス・オブリージュの光と影―』 新潮社

日本の貴族たちは、真面目じゃないから?

日本の貴族は独逸の貴族のやうに国民の心からの尊敬を受ける程に、優秀の資格を備へて居ない。国民は大体に於て貴族富豪の子弟に信頼しない。貴族や金持の出といへば、初めから皆 凡庸の輩と極めて居る。道徳の上に、才能の上に、真に国民の尊敬を博するに足 りの資格 が備はつて居ない以上は、貴族専制は到底我が国に於て行はるべきものではない。これは明治から昭和初期にかけての日本を代表する政治学者、吉野作造(一八七八~一九三三) 著した一文である。

もっと、ドイツ貴族を見習うべきだ、と批判を受けていたようですね。これも、今の構図とそっくりですね。

実はマイナス成長、名目GDPで日本を追い抜いたドイツが全然笑えないワケ

名目GDPが膨らんだ最大の理由は物価高、成長要因がプラスの日本の方が健全

JBPRESS

しかし、そんな屁理屈がどうでもいいことは過去に何度も書いた通りで、日本の方が状況がいいに決まっているのです。

日本の天皇と貴族たちは、敵の意図を見抜き、”世界史に対して不真面目に行動して来た”のです。これこそが、日本の歴史そのものだったのです。

貴族院のありかたについては、並外れた見解を示した近衛文麿であったが、彼やその親友で内大臣として 昭和天皇を支えた木戸幸一(一八八九~一九七七:侯爵木戸孝正の長男)などは、貴族的「先手論」と呼ばれる手法を得意とした。すなわち、ある時代の方向性を先取りすることにより、その流れに沿いつつそれを自分たちにとって好ましい方向に変えていこうとする手法である。

『貴族とは何か―ノブレス・オブリージュの光と影―』 新潮社

これぞ、まさに自民党。

トランプに「無能」と言われた稲田防衛相の「首の皮一枚」

現代ビジネス

「ポンコツすぎる」加藤鮎子こども相「異次元の少子化対策」めぐり野党があきれる“しどろもどろ答弁”に批判殺到

SMART FLASH

政治改革と岸田首相 やる気のなさが目に余る

毎日新聞

岸田首相は、天皇家、日本の豪族の末裔たちが用意した最高の無能であると私は見ています。

無能戦略の起源

戦略的無能とはできないフリをして気の進まない仕事を避けるテクニックだ。この言葉自体は最近登場したものだが、コンセプトは大昔からある。

「戦略的無能」無能なフリをすることで得られるメリットとは? ガラパイア

そして、最後にこの「無能戦略」が、日本オリジナルのものではない可能性をお伝えして終わりにしましょう。

プーチンと習近平は何度もやっている首脳会談で、今後の非米側の国際通貨体制についても話しているはずだ。そこでどんな話になっているのかわからないが、BRICS共通通貨を早く実現しようという話にはなっていない。資源価格の決定が米英金融界に握られ、長期の実勢価格も非公開だし政治的産物であることを考えれば、遅延して当然といえる。

「BRICS共通通貨の遅延」 田中宇の国際ニュース解説

これは田中氏の勘違いであることを指摘したいのですが、BRICS共通通貨が進まないのは、米英金融界の邪魔のせいではないでしょう。

では、なぜかと言えば、プーチンと習近平、それを支えている政治勢力にやる気がないからだ、と考えるのが妥当です。

つまり、彼らは本心的には、世界史に同意をしていないのです。

プーチン、ロシアに関して言えば、改革派(具体的に言えば国防省)に実権を握られており、ほとんど逆らいようのない状況にあると思われますが、それでも彼がプリコジン事件でなけなしの反抗心を垣間見せたことは、当ブログの見方を肯定する事実となりました。

習近平も似た境遇のはずですが、プーチンに比べれば、やや余力があるように見えます。

これら関係者が匿名を条件に語ったところによれば、人民解放軍ロケット軍内部および国防産業全体の腐敗は非常に広範囲に及んでおり、習主席が向こう数年間に大規模な軍事行動を検討する可能性は、そうした問題がなかった場合と比較すると低いと、米当局者は考えている。米国の情報は、汚職の影響の例を幾つか挙げている。燃料ではなく水を詰めたミサイルや、効果的な発射を可能とするようにはふたが機能しない中国西部のミサイル倉庫などだ。

習近平氏による中国軍粛正、背景にミサイル欠陥-米情報機関が分析 ブルームバーグ

「腐敗」とはよくいったもの! なんと! 我々は中国軍の腐敗のおかげで、平和を維持していたのです!

もう、わかりました。いったい誰が、日本の貴族に無能戦略を授けたのか。それは数千年に渡り、改革派と最前線で戦ってきた者たちからの伝来だったのです。