12月20日、英国でEU離脱関連法案の1回目の採決が行われ賛成多数で可決されました。これを受け、ついに「合意なき離脱」がほぼ確定しました。

・・・え? なんかおかしいこと言っていますかね?

これは予測でも物語でもないですよ。いくら嫌だと言っても、現実としてそれは確定してしまったのです。私はこれまで「2019年中に欧州にとんでもないことが起こる」と書いてきました。それがこれだと言ったら、大半の人は怒って読むのを止めるでしょうけど(笑)、ただ今回イギリス政界に起きたことはまさに、とてつもない事件だ、ということに疑いの余地はありません。

一体そこで何が起きたのか?

今回はそれをお教えします。

常識と非常識が逆転

英国の新議会は20日、同国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット、Brexit)関連法案をめぐる1回目の採決を行い、同法案を承認した。法案は離脱後の関係をめぐるEUとの激しい対立を予期させる内容となっている。

(中略)

EU側はこうした合意には通常、数年かかると警告している。だが、ジョンソン氏は20日の議会採決にかけた法案に、移行期間の延長を禁止する文言を追加。これによって欧州当局は心理的圧力を受け、英国に対する厳しい要求の一部を撤回して大きな問題の解決を棚上げしつつ、部分的な合意に至るよう促されることとなる。

AFP

さて、私はこれまでこのブログでこの結末は、「100%合意なき離脱だ」と書いてきました。しかし、世間一般的にこれはかなり非常識な見解だったと言えるでしょう。

「いやいや、そうは言っても世界的な大混乱を引き起こしかねない合意なき離脱が人為的に選ばれるわけない。最終的に回避されるはずだよ」

そしてこれが常識的な考えでした。しかし、今回の採決結果を受けてどうでしょう。合意なき離脱が避けられる道筋についてはどう考えたらいいのでしょう?

「1年間でEUとのFTA交渉はまとまるはずだ」

それにはこんな非常識な楽観を信じるしかなくなってしまいましたよね。

つまり、昨日の可決を受け、常識と非常識が逆転してしまったのです。

いったい、何が起きたのか

それでは、2016年のEU離脱選挙後にイギリス政界に一体何が起きたのか? について、解説していきたいと思います。私がこれから書くことは、手品の種明かしのようなものであり、トリックの暴露と言ってもいいでしょう。

メイ首相の場合

まず、前メイ首相のやったことですが、これは前回の記事で書いた通りです。彼女がやったことは大きくは二つです。

  1. 合意なき離脱の下地を作った
  2. 議会が合意案を可決出来ない状況を作った

彼女は離脱に最初はなかった期限を設定し、「合意なき離脱」が起こりうる状況を作り出しました。2016年の国民投票直後には、その概念自体存在しませんでした。これは彼女が期限を切ったことによって、はじめて生まれたのです。

2017年4月メイ首相は「散歩中の思い付き」によって、突然の解散総選挙に打って出て、大敗。過半数を失いました。しかも、DUPとの閣外協力を選んだことにより、議会に北アイルランドの国境問題が持ち込まれ、EUとの合意案が絶対に通らない状況になったのです。

これがメイ首相が行ったことです。

ジョンソン首相の場合

では、その後を引き継いだジョンソン首相は、一体何をしたのでしょうか。私に言わせると、彼はほとんど何もやっていない

  1. 10月末に合意なき離脱をやると大騒ぎした
  2. 「メイより酷い」合意をEUと結んだ

彼がやったのは、たったこれだけです。にもかかわらず、彼は「メイが出来なかったことを成し遂げたものすごい政治家」だというのがコンセンサスになり、総選挙で大勝しました。これがからくりの根幹なのですが、いったいなぜこうなったのでしょうか。

ジョンソンマジックの種

まず、彼は「EUには絶対に屈しない」、「離脱を延期するくらいなら野垂れ死んだ方がましだ」と豪語していました。だから、ジョンソンとEUが急転直下の合意に至った時、「何かすごい合意が結ばれたに違いない」と全員が勘違いしてしまったのです。それは不良が普通のことをしただけで、ものすごくいい人に思われてしまうのと似ています。

だって、今更ジョンソンがEUに服従するはずがないと思うのは、当然のことですからね。しかし、前回も書いた通り、結局それは「メイより酷い(労働党・コービン)」案であり、「メイの蒸し返し(ブレグジット党・ファラージ)」だったのです。

奇跡のウルトラCのような合意案が今更存在するはずない、と私は書いてきましたが、やっぱりなかったね、と言うことに過ぎません。

そして、この案が「素晴らしいものだ」という印象を決定づけたのが、今回は議会を通過するだろうという観測です。これは嘘ではないと思いますが、ここにも大きなトリックが隠されています。

その本当の理由は新協定案が優れていたからではなく、単にジョンソンのお仲間である強硬離脱派が賛成に回ったからです。

彼らはメイ政権時には強固な反対で合意案を葬り続けましたが、なぜか、それより酷い案には賛成に回りました。このことが、ジョンソンの実績に最大限の効果を与えたのです。

結果、ジョンソンは総選挙に圧勝しました。このマジックがそれに非常に強い作用を及ぼしたことは否定できないと思いますが、それでもイギリス国民みんながみんな騙されたわけではなかったようです。

前回でお伝えしましたが、保守党は得票では過半数を得ておらず、結果は明らかにブーストされていたからです。

こうしてみてみると、サッカーに例えると、メイの決定的なスルーパスを、ジョンソンがゴール前で押し込んだだけという形であることが分かりますね。

「合意」は破棄された

足元の支持率ではジョンソン英首相率いる保守党が、EUと新離脱協定案で合意した実績を武器に頭一つリードする。

だが、早期のEU離脱を掲げるブレグジット党が新たな離脱案では不十分だとして、同案を破棄するように訴え始めた。

日本経済新聞

ブレグジット党のナイジェル・ファラージはこのようにジョンソン首相を脅迫しましたが、彼は保守党が有利な地域での候補者の擁立を取り下げ、途中で戦うのを止めました。これはなぜかというと、ジョンソンがその要求を叶えることを約束したからでしょう。

ポンドトレーダーの期待裏切る「不意打ち」-英が離脱移行で強硬路線

無秩序な形での「合意なき離脱」の新たな可能性が浮上したことを受け、ポンド相場は与党保守党の下院での過半数獲得見通しが出口調査で示されてからの上昇分を消した。

与党勝利によりEU離脱関連法案の議会通過の不確実性が減ると当初は期待されたが、ポンド相場への圧力が次第に強まる状況は、ジョンソン首相の強硬姿勢が投資家にどう受け止められたかを物語る。

ブルームバーグ

ポンドトレーダーについては、まさに災難だとしか言いようがありませんが、このトレード状況が物語る通り、彼らは完ぺきに騙されたと言っていいと思います。

ソシエテ・ジェネラルのチーフ為替ストラテジストのキット・ジャックス氏は「大幅な過半数を確保すれば、可能な限り最善の合意取り決めに向け忍耐強いアプローチを取る自由が首相に与えられると考えていた人々は、不意打ちを食らった。英国のエコノミストとストラテジストの大部分がそうだ」と指摘した。

これは全く普通の考えであって、合意の捉え方はこれ以外になかったはずです。しかし、答えは真逆だった。つまり、これは「合意」は破棄されたということを意味するのです。

責任は国民に押し付けられた

そして最も恐ろしいのはこれです。それは詐欺事件とも言っていいものです。今回の保守党の圧勝によって、「早期の離脱をする」、「移行期間の延長をしない」ことは、国民の意志と言うことにされてしまいました。

それは、「合意なき離脱は国民の意志だ」と言うことと同義なのです。

「究極のシナリオ」、それはいつの間にか完成していたのです。

民主主義・・それはこんなに恐ろしいものだったのかということを私はまざまざと見せつけられた気がしています。私は背筋が凍るような気持ちで今これを書いています。

謎は全て解けた! この記事に対してはその言葉がふさわしいと私は自負しています。

「思っていたのと違う! もっと劇的な結末を期待したのに!!」

そんな声が聞こえてきそうな気もしますが、それは私も同じです。しかし、誰にも気が付かれずに(民意とは関係ないところで)静かに着実に決まっている、これは彼らにとって最も理想的な形です。彼らの仕事は完ぺきでした。

なんだか狐につままれたような感じがするって? それも当然です。私達、世界中の人々は、見事に彼らに出し抜かれたのです。

しかし当ブログとその読者の方に限っては、多少なりともそれに反骨できたのではないでしょうか。なぜなら、この結末は「合意なき離脱」だと全員が知っていたのですから。