イギリスのEU離脱問題が佳境を迎えています。2週間前まで絶望視されていたジョンソン政権とEUの交渉ですが、見事に合意にこぎつけました。後はイギリス議会の承認を得るだけ、3年近くも世界を振り回したこの問題もとうとう終結か、そんな期待が駆け巡った矢先、またも奇妙なことが起こりました。
「合意なき離脱の阻止に保険をかける」という訳の分からない理由で、採決を延期する法案が可決され、19日中に行われるはずだった採決は中止されてしまいました。
これを受けてマーケットは大混乱かと思いきや、冷静そのもの。なぜなら、ジョンソン政権の合意案は、最終的には可決されるだろうという読みがコンセンサスになっているからです。
でも、ちょっと待ってくださいね。
今を見るだけではなく、3年に及ぶ「ブレグジットの歴史」を追ってみると、実に奇妙な物語がそこに描かれていることに気づかされるのです。それを読んでからもう一度考えてみても、そう遅くはなさそうです。
DUPの悲劇
まずは今回、ジョンソン政権がEUと合意にこぎつけた、その素晴らしいアイデアについてみてみましょう。この中身の詳細については、正直なところよくわかりません。
なにがどうなって合意したのか、複雑すぎてさっぱり分からないのです。多分当ブログ読者の方も分からないでしょうから、すっ飛ばしましょう(笑)。代わりにシンプルな解説を見つけました。
テリーザ・メイ前首相とEUの離脱協定書で最大のトゲとして残っていたバックストップ(安全策)を別の枠組みに完全に置き換えました。アイルランドの記者に尋ねると、「北アイルランドの地域政党・民主統一党(DUP)を除くとみんなハッピーだろう」という評価でした。
YAHOO!ニュース
つまりジョンソンは、DUPを捨てたからこそ、この合意にこぎつけることが出来たのだと言うことらしいのです。
決断とは、なにを捨てるのかを判断することだと私は思います。さすがジョンソンは素晴らしい! これぞ前首相のメイに出来なかったことだ! 申し訳ないが、少数の北アイルランドには今回泣いてもらいましょう。
EUとイギリスと言う大国の利害のために小国が犠牲になるのは、今も昔も世の常ではありませんか。
テリーザ・メイ氏の喜劇
そう思った矢先、私はたまたまブレグジットに関する2年くらい前の出来事を綴った記事を目にする機会を得たのですが、するとそこにはとても現実とは思えぬ奇妙な物語が紡ぎ出されていたのです・・。
【解説】 テリーザ・メイ氏の物語 ブレグジットに倒れた保守党党首
それだけに、2017年4月にいきなり解散・総選挙を発表した際には、英政界に激震が走った。
この方針転換は、南西部ウェールズで休暇中に夫フィリップ氏と散策しながら思いついたものと言われている。当時は労働党に対して20ポイントも支持率でリードしていただけに、EU指導部との離脱交渉を前に、自分の権力基盤を強化し、EUとの交渉を有利に運ぼうとしたのだとされる。
しかし、労働党には反・保守党の票が集中し、1945年以来最大の得票の伸び率を記録。保守党は第一党だが過半数ではないという状態になり、政権維持のためにメイ氏は、北アイルランドの少数政党、民主統一党(DUP)との閣外協力を余儀なくされた。
BBC JAPAN
ん? あれ? 2017年4月に突然の解散総選挙をやった挙句に大敗。誰の話って保守党前首相メイ先生の物語です。しかも単独過半数割れでDUPとの閣外協力を余儀なくされたって・・。
ジョンソンに捨てられたDUPはもちろん、素晴らしい離脱案には賛成しない方針を表明していますが、DUPの持つこの10票が承認の足かせになっていると言われています。ですから今の合意を阻む最大の原因て、そもそもメイさんが作ったんじゃないですか!
同時に労働党が不可解に躍進し、合意を事実上不可能にする状況が生まれてしまっていました。
しかも、その解散の理由が散歩中の思い付きってどういうことや!
それでも、誰もまさか保守党が総選挙で敗れるとは思っていなかっただけに、単独過半数の党がない宙吊り議会の結果が明らかになると、保守党指導部に衝撃が走った。
メイ前首相がこんな愚かなことをしなければ、ジョンソンのみんなハッピーな素晴らしい案は、保守党が過半数を維持していた議会をすんなり通過していたはずなのに・・。
10議席のDUPは強硬なブレグジット支持政党で、そのDUPの支持を必要としたことから、メイ首相がEUとまとめた離脱協定の下院承認を得ようとする過程において、イギリスにおける北アイルランドの地位や、北アイルランドとアイルランドの間の国境の扱いが、大きな難問として際立つようになった。
更にこれを読んで我々はどう反応すればいいのでしょう。怒り?悲しみ?それとも笑いでしょうか・・。メイ先生が議会通過を困難にしたばかりか、元々存在しなかった問題の根源を創り出していたのですね。
EU離脱を通告するリスボン条約第50条を発動させ、2019年3月29日までに離脱すると立法へ持ち込んだのはメイ首相だったが、EUと離脱協定は3回も採決にかけたにもかかわらず、下院の支持を得られなかった。
しかも、離脱しなければならない状況に追い込んだのもメイ自身でした。この流れを追えば誰でもこう思うんじゃないですか? EU離脱問題に関する一連のごたごたはイギリス政府によるマッチポンプ、つまり自作自演だ!
私は2017年の動きを見るにつき、メイはいったい何をするつもりなんだ、と言う得体の知れない不信感をずっと抱えていました。彼女がいったい何をしているのかがさっぱり理解できなかったのです。
しかし、あるweb記事にて「合意なき離脱」という概念を知った瞬間、全てに合点が言ったのです。
「彼女はここへ導こうとしているのだ」と。いやいや、たまたまそうなったんだよ・・へええ、たまたまですか、たまたま・・。『十万分の一の偶然』て有名な小説が日本にはあるんですけど知ってます?
一方、大事故の瞬間を捉えた山鹿恭介の写真「激突」は、カメラの迫真力を発揮した作品として、A新聞社主催の「ニュース写真年間最高賞」を受賞、決定的瞬間の場面に撮影者が立ち会っていたことは奇蹟的、十万に一つの偶然と評された。
しかし、事故で婚約者・山内明子を喪った沼井正平は、状況に不審を抱き、調査を開始する。「十万分の一の偶然」は作られたものなのか。いったい、どのような方法で?
ウィキペディア 『十万分の一の偶然』より
ボリス・ジョンソン氏のヒーロー劇
イギリスは初めから「合意なき離脱」を志向している、この仮説に立つならば、ジョンソンの役割は非常にはっきりしています。
彼はごりごりの強硬離脱派だったわけですが、なぜか今は穏健離脱派になっています。EUと合意したのだから、そういうことです。元々変わり身の早さに定評があったようですから、違和感はそんなにないでしょうか。
ところで、合意なき離脱の最大の問題ってなんでしょうか。ほとんどの人は情勢の混乱だと答えるでしょう。しかし、それは我々庶民にとってであって、政治家にとっては、きっとそうではありません。
彼らにとっての最大の問題はその責任は誰が追うのだ、ということです。例えばジョンソンが最初の言葉通りEUに対し一切の妥協を見せず、合意なき離脱に突き進んだとして、大混乱が巻き起これば保守党は壊滅、彼は最悪監獄行き、死すら待っているかもしれません。
この大問題の責任を背負える人物はいないのです。この点から考えても、彼は既に完璧な仕事をしています。2年半かけても一向に糸口さえ見えなかった「合意」にあと一歩と迫っています。
もし、最悪の結果に陥ったとしても、彼のせいだとはもはや誰も言えないはずです。「合意なき離脱も辞さない」と豪語し、実際にそうなったのだとしてもですよ。
EUのミステリー劇
実はこの状況はEUも同じです。ジョンソンさんは、議会の要請に沿って、EUに離脱の延期を要請する書簡を送ったと言います。それを受けたEUは態度を保留していますが、延期には応じるだろうと見られています。
私もそのようには思いますが、同時にこうも思っています。責任を被らない状況であれば、延期を拒否する可能性もあるのではないか?
実際問題として、今延期要請を拒否したとしてEUは加害者になるかと言ったら、私はならないと思います。なぜなら、ジョンソンが「延期申請はしないでくれ」と言っているからです。
「議会に合意を迫るためだと言うイギリス政府の要請に従って、申請はしなかった」もしくは「拒否した」
もはや彼らに責任は存在しないでしょう。実際にこんな観測記事もありましたね。
ジョンソン英首相が、欧州連合(EU)への英政府による離脱延期申請を拒否するようハンガリーを説得しようとしているとEU当局者は懸念している。そうした動きは「合意なき離脱」のリスクを著しく高める。
ブルームバーグ
同時に私は少しですが、こんなミステリーも立ててみました。
「あなたたちに決して責任は負わせないから、合意なき離脱の手伝いをしてくれませんか? もう、そうするしか道はないんです」
もし、ジョンソン政権からこんな申し出があったら彼らは乗るだろうか?
なぜ私がこんな妄想を浮かべてしまうかと言うと、急転直下の合意と言うものに違和感を感じるからです。そのスピードの早いことったら、とても現実とは思えません。
EU離脱交渉に詳しい英ケンブリッジ大学のキャサリン・バーナード教授も、英サリー大学のサイモン・ウッシャーウッド教授も筆者に「時間がかかるので離脱期限は延長される」と断言していたので、急転直下の合意に筆者もビックリしました。
YAHOO!ニュース
ブリュッセルのベテラン記者も予想外の展開だったようです。
2年半やって、何も進まなかったんですよ? 今更それを一気に解決しちゃうスーパーアイデアの存在を私は信じきれません。
また、今回EU側が大幅に譲歩したと言う見解もあります。EUの大幅譲歩と言うのも、私にはとても信じにくい話になります。
「本質的に合意はあり得ない」
メルケル首相はそう言い放ったといいます。もしかしたらフェイクニュースなのかもしれませんが、私はこの問題をずっとそういうものだと見てきました。
だからこそ私は、EU側がそんな取引に応じる可能性もあるのかな?と妄想せざるを得ないのです。EU大幅譲歩、急転直下の合意の説明も付きます。その方が責任を負わずに済むのです。
ただ私自身、これを信じるまでは至っておりません。
メルケルはこれには決して乗ってこないでしょうしね。ただマクロンならどうでしょう。彼は、例え合意なしだろうとイギリスを早く追い出したくて仕方ないのだと言われていましたからね。
野党の惨劇
さてでは最後に、誰も望まなかったが結果、偶発的に合意なき離脱に至ってしまった場合、今の状況であればだれがその責を被るでしょうか。それはイギリス野党ではないでしょうか。
彼らは採決をさせないという選択をしました。これが最悪の結果を招いた後の解散総選挙となれば、存続に関わるレベルの大敗を喫するでしょう。
その暁、保守党は独裁政権のごとく君臨、大英帝国の復活を目論むかのようにイギリス・ファーストを推し進めるかもしれません。
それは世界の潮流と合致した動きです。
これが私の空想する「世にも奇妙なブレグジット物語」です。どうですか? まあまあ面白いでしょう?
もちろん現実はそれとは正反対、イギリスとEUはハッピー、北アイルランドだけが大国の利害に押しつぶされると言う歴史の常識の通りの結果が広がっているのかもしれません。
しかし、メイが描いた奇妙な物語は紛いない現実なのです。