文学的未来表現

~”ホント”を望むブログ~ ver.11.3

対コロナテロ戦、日本大勝利の不都合な現実 ~ドMが日本人の美徳~

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メディアは、日本は世界のコロナ戦争に敗戦したと言います。

議長を務めるジョンソン英首相は、来年末までの全世界でのワクチン接種完了を目標に掲げたが、接種で出遅れた日本はこの議論で存在感を示せずにいる。

出遅れ日本、存在感薄く G7、ワクチンが焦点 JIJI.com

多くの人はこの論調を支持しているようですが、私には全く意味不明です。むしろ、日本は大勝利していると考えているのですが、この説は日本人の誰からも支持されないでしょう。なぜなら、日本人は、勝つことが大嫌いの総ドM民だからです。

マゾがニッポンの美学

確かに東アジアでは日本は劣等生に入るが欧米様に比べれば圧倒的にマシであり、それは厳然たる事実ではないか。

ハッキリ言おう。日本人はバカとマゾだらけである。

この国を支配する「コロナ脳」問題…日本人は「バカとマゾが9割」なのか 現代ビジネス

こちらは、なかなか良記事だと思うのですが、日本人がバカかどうかはともかくとして、マゾであることは間違いないと私も考えております。というのも、当ブログの黎明期、今から7年前に私は指摘しました。日本人の「美意識」「こころ」は、卑屈である、と。

そういう意味で『人間失格』と『こころ』には共通点があるように思います。それを端的に表現すると「日本人の美意識」「日本人のこころ」と言ったことになります。そして、それを悪く言うとなると、”卑屈”という表現になると言うことです。

日本の歴代小説売り上げランキングの1位と2位を飾る、まさに日本の代名詞と言える夏目漱石の『こころ』と太宰治の『人間失格』。この2作はまさに、日本人の心を示すドM小説だと言う事実をご存知でしょうか?

異論だらけでしょうが、私的には完全にそうなのです。

「私たちの知っている葉ちゃんは、とても素直で、よく気がきいて、あれでお酒さえ飲まなければ、いいえ、飲んでも、……神様みたいないい子でした」

『人間失格』 太宰治

『人間失格』は、題名の時点で究極のドMですね。主人公の葉ちゃんは、本当は「神様みたいないい子」なのに、「自分は人間失格だ」と思い込んで死んでいく、そんな話です。

『こころ』は、主人公の「先生」が奥さんを親友と取り合い、勝利して奥さんを手に入れたものの、結果として親友が自殺してしまったことを思い悩んだ末に、自分も自殺するというお話です。

つまり、先生は熾烈な生存争いを勝ったのにそれを思い悩み、自殺してしまったのです。

これも凄まじいマゾっぷりです。そして、最も注目すべき点は、日本人はこんな小説が大好きなのだということです。ちなみに私も大好きです。外国人は、この小説を理解出来ないという話もよく聞きますが、まあそうでしょう。

「つまらないものですが」

この表現は外国では理解されないと聞きますが、日本人はこう言うへりくだった言い回しが大好きですよね。だから、断言します。日本人は総ドM民族である、と。

大勝利の理由

さて、話を戻しますと、日本がコロナ戦で勝利している理由は、最初の記事が指摘している通りですね。

新型コロナウイルス対策で初の緊急事態宣言からまもなく1年。欧米では死亡数が平年を上回る「超過死亡」が生じたが、日本は11年ぶりに減少した。

コロナ禍、超過死亡なし 日本経済新聞

日本が欧米に勝利した理由は、私が語るまでもありません。それなのに、なぜ、ほとんどの日本人は欧米に負けたと思っているのでしょうか? マゾだからですね。

そして、日本人は同じ日本人にとっても厳しいのです。日本の政治家は「人間失格」でないと、都合が悪いようです。

政治家は正解を選んでいる

昨年、安倍晋三前総理は、辞任する直前に新型コロナの指定感染症の分類の見直しをする方針を述べていました。現状、5段階のうち2番目に危険とされる2類相当になっているが、死亡率などから考えると5類にしていいのではないか、ということです。

 私はこの方針変更はとても意味があると考えていました。それだけでも、かなり現場の負担が軽減される、ということを選挙区の病院などから聞いていたからです。

石破茂の懸念「不安ばかり煽るメディアは別の恐怖を軽視していないか」 見過ごされている危機とは デイリー新潮

安倍政権のコロナ対策は正解です、と私は当初から指摘してきましたが、同意見は、どこを探してもありません。その政策は、国民から高い支持を受け続けているスウェーデンとほぼ同じだったのですが、いったい何なんすかね? この評価の違いは・・。

しかも5類にするって、ほぼ問題を解決に導く、スーパー政策で、それを実現しようと声を上げた政治家を全く評価しないとはいったいどういうことなのでしょうか?

これは「裏側を知っている」はずのネット上の方々も同じで、それでは文句を言っているだけのテレビ民と変わりません。日本の政治家は、よくやってませんか?

森友? 加計? そんなの「ただの風邪」です。重篤な感染症ではありません。少なくとも2類ではないでしょう? 

私は彼らに対する見る目が変わりましたよ。コロナが始まってからね。さっきの記事の石破さんも、いいこと言ってます!

ワクチンは遅いが正解

ワクチンも遅いとか散々文句言ってましたが、

接種会場ガラガラ!

と言うか、超過死亡マイナスで最初から急ぐ理由なし!

重篤な副作用とか報告されているんだから、当然遅いのが正解!

で、おかしいのは、結局国民の方ということが、明らかになったのではないでしょうか?

そもそも、毒のワクチンをばら撒くなって言う、裏側を知る人の主張は分かりますけども、裏側知ってんなら、逆らえないってのも分かるでしょ?って話。国民ほぼ全員が欧米の偏執狂に洗脳されているのに、政治家だけに戦えは、どう考えても無理ゲーです。

日本の政治家(小池とか吉村とか鈴木は別)は、積極的に国民に圧政をしこうとしなかったし、ワクチンも無理に打たそうとはしていません。Gotoやらなんやらで、暗に「コロナ大したことない」と伝え、経済を救おうとしました。

彼らは、なけなしの正解を選んでいるのです。それは評価しましょうよ。説明が下手? それは最もだけれども、出来ないんじゃないですかね。検閲されてるのは、同じだと思いますよ。

国民も正解を選んでいる

そして、文句だらけの国民も実は正解を選んでいます。

運営する広島大学病院によりますと、広島市西区の広島サンプラザでは、今月19日土曜日と20日の日曜日にそれぞれ1日1570人の接種を予定していましたが、予約が2日間合わせてわずか3人にとどまったことから接種を中止するということです。

広島サンプラザの大規模接種 今週末の接種を中止 予約わずか3人 広島ニュースTTS

予約3人ってさ・・あんたら最初からワクチン大嫌いだよね? それでよく、「早くしろ」とか言いますね・・

ネット上は「ワクチン接種の同調圧力を高めるな!」の声だらけになっています。マスクはあれだけ圧力を高めておきながら、ワクチンに対するそれには、絶対反対という姿勢です。論理的な意味は全然分かりません。

そもそも、コロナが重篤な感染症だと信じるならワクチン打てよ、という話にしかならないと思いますが、そんなことは関係ないのです。

日本人は「コロナは重篤な感染症」という常識を受け入れながら、ワクチンを忌避するという器用なことが出来てしまうスーパー2枚舌でもあるのです。

結局、肝心なところでは、防衛本能がきっちり働いていることかと思います。

と、いう訳で、ワクチン接種率G7ダントツ最下位、超過死亡マイナスは、日本人全体で掴んだ大勝利と言っていい結果でしょう(今のところ)。しかし、私たちは決して、それを認めようとしません。なぜなら、ドMだからです。

「私たちは人間失格です。すみません」

日本人は世界中にそう言いふらすのが大好きな、極めて稀有な民族なのです。

「神様みたいないい子」とはいかないかもしれませんが、私たちはもう少し他人を認め、自分たちに自信を持ってもいいのではないでしょうか?

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4件のコメント

  1. ゆうこ

    小池百合子さんが体調不良でお休みされるそうです。何でかな?

    • @bungakumirai

      ゆうこさん
      逃亡の準備に入ったと私は読みましたが、さてどうなるでしょうか・・

  2. T&T

    百合子は前回逃げ足が遅くて痛い目に遭いましたから、今回はその反省が出ているのではないでしょうか。

    結局河野太郎あたりが貧乏くじを引く事になりそうですが、ノンポリのくせに保守ぶった報いです。

    今の流れは世界の新興寡頭勢力が老舗寡頭勢力に押され始めたように見えます。

    • @bungakumirai

      ゆうこさん
      そうですね。私もおっしゃるように感じてますね。多分、そういう形なんじゃないかと。

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