松本清張作品で一番面白いと思う作品

本当に何の因果もなく、いきなり紹介なんですが、理由は偶然です。これは、松本清張さんの小説で一番面白いです。『点と線』とか『砂の器』とか『わるいやつら』とか有名なのいっぱいありますけど、本当はこれが一番おもしろいです。

 

どんな話かと言うと、悪い報道カメラマンが、賞をとろうと必死になり、交通事故を自ら作り上げて、それをシャッターに収めるんです。そして、見事に賞を受賞します。警察にばれず、企みは成功かと思いきや、それに疑問を持った男がいます。その事故で、愛する婚約者を失った平井正平です。

 

本当のテーマは「知」の限界

※ここから先、ネタばれあります。

彼は、素人です。しかし、執念の追跡で、とうとう、偶然ではないその意図を見つけ出します。そして、犯人を追い詰め、同じように事故にみせかけ、完全犯罪として、犯人を闇に葬ります。しかし、平井正平の復讐はそれで終わりではなかったのです。単独犯ではないと、彼は考えていたのです。そして、もう一人の容疑者も、同じように殺害します。

しかし、これこそが彼の過ちでした。彼の殺害してしまった二人目の男は、何も絡んではいなかったのです。まったくの無実だったのです。つまり、平井のただの勘違いだったのです。これがこの小説の一番の面白いところです。ここに、人の「知の限界」を松本清張は描いています。

 

二人目を殺してしまったことによって警察が疑いを持つところで、話は終わっています。きっと捕まるでしょう。なぜなら、彼は過ちを犯したからです。だいたいはあっていました。しかし、たった一人ですべてを正確に知ることなど、出来るはずもなかったのです。

 

 

追記 世間の評価はイマイチ

ネットで調べたら、この作品はあまり評価が高くありませんでした。

本の背表紙に、

 「報道カメラマンの生態を暴いて現代社会にひそむ病根を剔出する」

とありますが、確かに松本清張は、元新聞記者なので、そういったことを熟知していたのかもしれません。しかし、松本清張は「報道カメラマンてこんなものなんですよ」ということを私たちに知らせたいがためだけに、この小説を書いたとは私には思えません。

 

報道カメラマンがこういったやらせをなんとも思っていなくても、そんなことはあくまで業界内の小さな世界の話であり、私たちの大半の人には何の関係もない話です。彼らが、解決すればいい話です。ですから、それはあくまで題材のひとつであって、テーマではない気がします。

 

悪によって被害をこうむった主人公が一見正義であるかのように、読者の感情を見方にしながら復讐を果たします。しかし、やはりその知には過ちを含んでおり、そのせいで自らを追い込むことになる。

 

「人は誤る」、この普遍性への表現にこの小説の評価を見るべき

この人間性の観察の鋭さに、この小説の評価をみるべきではないかと私は考えています。そして、主人公平井の犯した過ちは非常に重大な問題である「冤罪と死刑」に繋がっているのではないでしょうか。彼の犯した過ちはまさにそれだからです。

 

この小説を読んだ誰もが報道カメラマンを憎み、平井に同情するはずです。その爽快な復習劇の裏で、「人は過る」ということへの無知による悲劇を見事に描いています。

 

それはまさしく「冤罪による死刑」で、これこそがこの小説のもっとも重大なテーマではないでしょうか。ですが、そこにはまだ、いまいちスポットライトが立っていないようです。