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当ブログでもその普遍性、特に日本人の心に響く普遍性に注目している夏目漱石の『こころ』 ですが、その主人公、「先生」の伝える名言というものがこの作品の大きな魅力になっております。今回は、それを考察する第2弾になります。


「自由と独立と己とに充ちた現代に生まれた我々は、その犠牲としてみんなこの淋しみを味わわなくてはならないでしょう」

-青空文庫『こころ』-

今回はこちらの台詞を解説したいと思います。お前に解説されてもって思うかもしれませんが(笑)、まあ、最後まで読んでみてください。きっと、わかりやすいと思いますよ・・

 

時代背景から読み解く

まず、「現代」ということですが、この小説の舞台となった時代背景は「明治維新」の頃です。ちょうど西洋文明の進出によって、近代化が顕著になってきた時代ですね。この時代背景が、この台詞を読み解く大きな要素になってきます。

「自由と独立と己とに充ちた現代」とありますが、これがなぜそうなったかというと、これは西洋文明のおかげと言いますか、悪く言うとそのせいと言えます。

 

西洋文明がもたらす物質的な豊かさによって、よく言えばそれが可能になったのです。

わかりやすくするには、もっと、大昔で考えればいいわけですが、例えば縄文時代くらいだったら、人々には「自由と独立と己」なんて、ありえません。なぜでしょうか・・それは簡単な話ですが、なぜなら、それを求めていては、生きていけないからです。

 

物質的にずっと貧しいのですから、何をするにも、みんなで力を合わせなければ、衣食住を確保出来ません。これは想像でわかりますよね。おそらく、自由と独立なんて、そんなことを考える暇ないどころか、発想にもないんじゃないですかね。一日一日の食料をみんなで手に入れるだけで精いっぱいだと想像できます。

 

しかし、『こころ』の現代は、西洋文明によって変わり、今の我々と同じように物質がなだれ込んできます。その結果、みんな豊かになりました。そして、そのおかげで、我々は自由と独立を得たのです。

 

一人でなんでも出来るようになった結果、「己」も我々を征服しはじめました。つまり、「みんな」ではなくて、「自分が自分が」って言いだしたんですね。

 

最後に、「みんなこの淋しみを味わわなくてはならないでしょう」の部分ですが、昔はみんなで力を合わせて助け合って生きてきた、わがまま言わず、寄り添って生きてきた、古来の日本人の人と人との繋がりを、その犠牲として、現代人は失ったと先生はおっしゃっているのです。

 

これを「今の現代」に当てはめると

「マンションとかでご近所づきあいがなくなって・・」ってなんて話をよく耳にしたりしますが、これもそういうことです。一人で生活できちゃうわけですよ。文明のおかげで。

このブログもそうかもしれませんが、「ツイッター」とか「facebook」、「Line」、所謂SNSはこの現代の「寂しさ」を紛らわすために発展してきた、とは考えられないでしょうか? SNSのキーワードは”繋がる”ですよね。

 

「現代の寂しさ」とは便利で豊かな世の中の代償と考えられます。自分たちでそれを求め得ながら、今度はその負の部分をまた同じ文明でもって紛らわそうというんですね。現代人とはなんと我儘なのでしょう。私は文明で負ったこころへの傷みは同じ文明では決して癒すことは出来ないと考えます。いつか機会がありましたら、その辺りの理由も書いてみたいと思います。

 

近い将来、さらなる科学の発達により、ロボットがたくさんできて、本当に誰一人に会わなくても生活に支障がない、という世界は確実にやってくるでしょう。今、我々の感じている寂しさは未来人の感じるそれに比べたら、決して大したものではないのかもしれませんね。

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