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少し前の話になりますが、脳科学者の茂木健一郎さんが、

「上下関係や空気を読んだ笑いに終止し、権力者に批評の目を向けた笑いは皆無」

と発言したことが話題となっていましたね。ちょっと、今更感のあるこの話題をなぜ今になって取り上げようと思ったのかと言うと、先日、こんな記事をみて触発されたからです。

「日本のお笑いは世界最高レベル」と自信を持って言えばいい

~ 現代ビジネス ~

こう言ったのは、チャド・マレーンさん。「その通り! 日本のお笑いは最高レベルであって、茂木さんの指摘は完全に的外れですよ!」と言いたくなったのです。「なぜ、お前にそんな事が分かるんだ!」と言う声が、聞こえてきそうですが、当ブログ、実は世界で初めて、「笑いとはどういうものなのか」というのを小学生でもわかるように解説しちゃったんです。本当です。

「笑いとは何か」を理解する

「笑いとは何か」にズバリお答えする!

それがこれです。一読の価値あり、ですが、読むの面倒くさい!って方のために、ここで簡単に記します。

笑いとは、ずばり! 非合理の肯定の所作のことである、と言うことです。

え? どういうこと? 大丈夫、順番にもっと簡単に説明します。

笑いとは「ちゃんとした状態」が崩れることがきっかけで、それを肯定することによって生まれる、ということです。「ちゃんとした状態」? 人間にとって、ちゃんとした状態と言うのは、つまり「生きる」ということです。もっと言うと、「弱肉強食の自然界において、別の個体より有利に生きること」、これが生物としての人間にとって、ちゃんとした状況だと言えます。

ですが、笑いは基本的に失敗です。

バナナでずるっとこけて笑う。バケツの水が降ってきて、ずぶぬれになって笑う。カツラが取れて笑う。

これらは、すべて生きる上で不利な事態です。一番重要なことは、この不利な事態が肯定された時に限り、笑いが生まれる、と言うことです。

バナナで滑って転んで、頭を打って死んでしまったら、当然、笑えません。バケツの水が実際あなたに降りかかってきたら、きっと激怒するでしょう。損失が大きすぎて、肯定できないからです。見ていた人に損はないから、きっと笑えるでしょう。カツラは微妙ですね・・。その人物の人となり、場の空気によるでしょう。ちなみにカツラを被る理由は、人より有利に生きるため、ですよね? 違いますか。

これが基本的な笑いのメカニズムです。

これを実に象徴的に表しているすごいゲームが日本にはあります。それが「福笑い」です。ちゃんとした顔を目指すのだけれど、失敗して笑いになる。この状態は実はとてもすごいのです。ゲームと言うのは、基本的に「別の個体より有利に生きること」を目的にしたものがほぼすべてです。

簡単に言うと、「勝つ」ことです。ゲームの目的は「勝つ」ことであり、そこに一番の価値があります。人間は動物としての本能で、みんな勝つことが大好きなのです。だから、疑似的な勝ちを得られるゲームはとても楽しい。でも、「福笑い」は勝ちの価値を、負け(失敗)の価値が超えてしまっているのです。なぜなら、そこに「笑い」が生まれるからです。

どうでしょう。わずか数分で、笑いのことがだいぶ分かるようになったことでしょう。これが当ブログのすごいところ。

 

風刺ってそんなにいい物?

日本の芸人がそこ(風刺)に進んでいっても、結局、時事ネタを扱ってるだけのネタに陥るだけの可能性がある。今はそういうネタが珍しいから新鮮に見えるけど、結局パターン化するんじゃないかな

ウーマン・ラッシュアワーさんが社会風刺の入った漫才を行い話題となっていました。中には絶賛する文化人もいたようです。私もたまたまテレビで見たコメントで、「とてもよかった」と言っているのを聞きました。

「よかった」ってなんだろ? って思いました。「面白かった」なら、分かるんですけどね。。漫才で「とてもよかった」と言われても、私は?です。

で、私が何が言いたいかって言うと、風刺ってそんなにいい物ですか?ってことです。私は元々、風刺と言う表現に文学的価値をあまり認めていません。

風刺(ふうし、諷刺とも)とは、 多くの場合、変化を誘発あるいは阻止する意図をもって、主題(人物、組織、国家など)の愚かしさを暴きだし嘲弄する、文章・絵画・劇・映像等さまざまな文化的領域で使われる表現技法である

~ ウィキペディア ~

風刺とは、主題の愚かしさを暴き出し愚弄する、表現技法だそうです。つまり、「主題の価値を下げて、相対的に自分の価値を上げようと言うせこい表現技法だ」と言うことですよね。

フランスの新聞の風刺が話題になったことがありましたが、報復の是非はさておき、その内容は非常に下らない悪趣味なもの、と私は思います。やったら、ダメとは言いませんが、大衆の虚栄心を満足させるだけの下衆な文化にしか感じません。

だから、風刺をやったら偉いよ、と言われても「は?」です。

僕は「お笑いピュア論」の信者なんです。風刺なんかが混ざっていない、純粋なものの方が広がりがあるし、魅力があると思うんですよ。日本では社会風刺ネタをやることこそが、二番煎じというか、後追いになってまう

チャドさんの言う通りではないでしょうか。

 

「笑い」は人間最高レベルの芸術表現

それに「笑い」はそれそのものが、人間の最高レベルの芸術表現だと私は確信しています。それはピカソやゴッホの絵画と同等か、それ以上のものであり得るということです。

なぜでしょうか。それは先ほども書いたとおり、笑いとは「より有利に生きる」という生物としての目的を超えたものだからです。その目的が失敗に終わった、これは普通に考えるならば負でしかないはずです。しかし、笑いとは、人間がその失敗に価値を生みだしたというほとんど奇跡と言ってもいい所作なのです。

成功の価値を失敗の価値が上回った瞬間、それが「笑い」なのです。これを崇高な芸術の極致と思わずにいられるでしょうか。

ですから、日本のお笑いは、風刺などという、レベルの低い表現方法に媚を売る必要など、まったくもって皆無だと私は考えます。

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